真間川の桜並木の歴史    ~協働による治水と水辺の保全~

 市民と行政が「治水と環境の両立」について、熱心に話し合いを続け、時間をかけた協働の結果、現在の美しい「真間川の桜並木」の姿がここにあります。

保存区間の桜・冨貴島小裏(平成29年撮影)

「真間川の桜並木」(国道14号境橋から菅野橋)は、昭和24年の市制施行15周年記念行事、昭和29年の市制施行20周年記念行事として、市民の手によって植樹されました。改修工事前の真間川の土手には両岸に約390本の桜並木が続き、美しい景観が広がっていました。


改修前の桜並木と土手(八幡5丁目方向を見る)(昭和54年4月)

県が川沿いに立てた改修計画の看板

対岸の土手でお花見をしている人たちがいる(昭和54年4月)

改修前の桜並木・土手でお花見・北方橋付近(昭和56年頃)



桜並木伐採前の春夏秋冬・上境橋より上流を見る(昭和56年頃)

昭和33年の狩野川台風により真間川流域は5,000戸を超える浸水被害が起こりました(野口雪雄編著「私たちの真間川(真間川改修促進期成会の歩み)」1976年)。そのため、昭和36年から真間川の拡幅工事が始まり、根本橋から菅野橋までの桜並木は昭和40年ごろに伐採されたといいます。

 

真間川流域は、昭和30年代以降の急速な都市化によって道路や住宅が増加し、樹林地や畑地の減少により、雨水の浸透、保水力が低下していました。また、水田などの一時的に水をためる遊水地が減ったこともあり、真間川流域は都市型水害の頻発地となっていました。昭和54年、国は真間川を「総合治水対策特定河川」に指定しました。「総合治水対策」とは、河川改修のみに頼らず、まちづくり全体で治水を進める整備で、保水力を損なわず浸透を促し、遊水や貯留を進め、下流部では積極的に排水を進めるなどの治水対策のことです。

(参考)真間川流域の総合治水対策(市川市公式Webサイト)

https://www.city.ichikawa.lg.jp/gre03/1111000005.html

昭和56年10月の台風24号により真間川流域では、狩野川台風より雨量が少なかったにも関わらず、4,880戸が浸水する大水害が発生し、これを契機に改修工事が急速に進められることになりました。真間川の国道14号(境橋)から大柏川合流地点(浅間橋)までの区間は、旧来の河道改修工事で川幅を拡幅することとなり、川沿い120戸が移転または土地の一部買収が行われ、昭和57年から桜並木の伐採が始まり190本が伐採されました。

台風24号による水害・冨貴島小体育館前(昭和56年10月)

台風24号による水害・冨貴島小裏冨貴島橋付近(昭和56年10月)

第2次桜伐採・上境橋付近(昭和59年)

第2次桜伐採・大和橋付近(昭和59年)

桜伐採後の真間川・上境橋付近(昭和59年)

桜の保存を願う市民と行政の話し合いの結果、大柏川合流点(浅間橋)から国分川合流点(菅野橋)までの区間は、川幅を広げず川底を深く掘る工法により流量を確保する方策が取られ、約200本の桜が伐採をまぬがれました。

 

国道14号(境橋)から大柏川合流点(浅間橋)までの区間は、拡幅工事後、新しく桜を植栽することが決定しました。蔦によるコンクリート護岸の緑化や植栽帯などが施され、昭和60年から順次、桜並木が復活しました。

植樹によって復活する桜並木・大和橋付近(昭和61年)

立派に成長して美しい花を咲かせています(提供:市川市広報広聴課)

この記述は、主に市川市史歴史編Ⅳ「都市河川・真間川」(2019年)及び自然編「真間川水系をめぐる取り組み」(2016年)をもとに作成しました。

写真提供・協力:真間川の桜並木を守る市民の会